「ドメーヌ・タカヒコ(Domaine Takahiko)」、このワイナリーがつくるピノノワールに出会ったとき、私は感極まった。日本のワインがここまで高いレベルに達したのかという感動と、世界のトップで戦っていける才能を感じたからだ。もちろん現段階で世界のトップとは正直言いがたい。しかし、間違いなく日本のトップであり、フランスやイタリアの素晴らしいワインとくらべても上位に選ばれる自信がある。

最初にいただいたのは、「ナナツモリ・ピノノワール2017」。小樽にある小さなレストラン「バリロット」に、昨年伺ったときのことである。レストランの店主は食事を済ませて訪れたにもかかわらず、タカヒコやその他の余市ワインについて知りたがる私に、熱心にお話してくれた。

Wine "Domaine Takahiko" made in Yoichi, Hokkaido
※ドメーヌ・タカヒコ「ナナツモリ」小樽のBarilottoにて

ナナツモリは、タカヒコを代表する銘柄。世界的に有名なコペンハーゲンのレストラン「noma」のワインリストに、2020年に採用されたのもこのワインだ。繊細かつ滑らかな特徴をもつピノノワールに、懐かしさを感じる土壌の香り、ふくよかに広がっていく研ぎ澄まされた旨味。柔らかいけれど記憶に残る、そんなワインである。

その数日後、余市町に用事があった私は、自転車を借りてワイン畑を走りに行った。緑のトンネルを抜けて風を感じ、緩やかにつづく坂道を上りながら、その土地がもつ空気を肌で感じていく。登地区にあるドメーヌの近くまで行き、十分に土地を味わってから坂を下った。なぜなら、タカヒコのような個人ワイナリーはただでさえ忙しい。ワイン業者でもない一個人の私がアポなしで伺うのは失礼である。

Wine fields in Yoichi, Hokkaido

数年前から日本でもヴァンナチュールが人気だが、タカヒコのワインを同じ分類で考えてはいけない。というのも、特にこの10年は世界の有機栽培への転換スピードが凄まじく、もちろん、ワイン業界も例に漏れずである。ロマネ・コンティをはじめ、モンラッシェなどブルゴーニュのトップは、自然派が流行する前から有機栽培に切り替えているが、もう一つのトップ生産地・ボルドーも、自然派に適した好条件でないにもかかわらず、続々と有機農法へと切り替えている。特にサンテミリオンでは、2019年以降、AOCの条件に最低でもサステナブル農法の認証が必要となり、ランクを落としたくないシャトーは転換せざるを得ない状況だ。

つまりは今後、有機農法が世界の基準になるということ。そして、そのなかでワインの格付けが行われていく。実際に、2000年前後のヴァンナチュールは、お世辞にも美味しいとは言えないものが多かったが、現在は美味しさはもちろん、個性豊かな生産者で溢れかえっている。しかし、現段階での味の広がりには限界があり、まだどこかファッション的であることも否めない。それも今後どんどん改善され、ワインがもつ深みという部分に達していく生産者も増えていくことだろう。

Wine "Domaine Takahiko" made in Yoichi, Hokkaido
※ドメーヌ・タカヒコ「ヨイチノボリ」 余市町のJijiya Babayaにて

現に、先に紹介したトップクラス以外の自然派の中にも、すでにその域を超えたワインを作っている生産者はたくさんいる。その一人が、タカヒコの曽我貴彦さんである。彼の作るワインは、そのようなクラスにすでに足を踏み入れているように思う。まず第一に、世界の基準でワインを作っている。それは農薬に関する意識だけでなく、日本の土壌が持つオリジナリティの追求、次の世代に繋げていけるサステナブルな考え、そして何より、本物とは何かを知っていることであろう。

これは、トップクラスのワインを飲むことだけで培われるものではない。哲学や思考、体験、感性がものを言う世界だ。あくまで個人の見解になるが、このワイナリーの成功には、彼がある種の正統派でありながらファンキーな側面を併せ持っているように思えてならない。曽我貴彦さん、まだお会いしていないのに勝手にすみません。いつかドメーヌにうかがえることを切に願います。