あの時間が懐かしい。あんなにも自由に行き来できた世界が懐かしい。日本のパスポートが最強だったあの頃、たった2年前までは、あんなにも自由だったのだ。あの時間をもう一度、心からもう一度願う中ではじめた連載『マイコビッドナインティーン』。第2回となる「中国・武漢で原因不明の肺炎を確認しました」では、フィリピンのセブ島にある田舎町「モアルボアル」での滞在中に入ってきた報道と、WHOが「国際的な緊急事態」を宣言したところまでを記した。

そこで写真を見返していたら、あの町がとても懐かしくなった。モアルボアル、最初の印象は特になんでもない海辺の町だった。友人が言うような良さがイマイチわからなかった。セブ島での滞在は約1か月。そのうちの約1週間をここモアルボアルで過ごしたが、3日目を過ぎたあたりから、不思議とこの町を心地良く感じるようになった。

Moalboal in Cebu Island
Sunset in Moalboal, Cebu Island

早朝にぬぼっと起きて、歩いて2〜3分の海辺で朝を迎える。一度宿に戻って軽く身支度を整えたら、散歩がてらお気に入りの食堂まで歩いていく。朝ごはんを食べたあとは最低限の仕事をして、お気に入りのカフェでコーヒーを飲む。気が乗らない時は、朝食の帰りにだらだらコーヒータイムというパターンもある。もちろん、海辺のレストランで昼間からビールというパターンもある。

ビーチの側で夕焼けに染まる空を眺めたら、夕飯を食べに行きがてら、その日釣れた魚たちを物色するのもここでの日課。いつも夕方になると、海で漁師たちが釣ってきた魚がレストランの前にお披露目されているのだ。モアルボアルでの生活は毎日外食だったため、その場で購入することはなかったけれど、魚はモアルボアルの貴重な食材。彼らに敬意を込めて、すべからく挨拶すべきであろう。

Moalboal in Cebu Island

あらためて考えてみると、私たちはこの海辺の田舎町でどのように過ごしたのだろう。とにかく何もしない。それが、ここモアルボアルの正しい楽しみ方なのだ。ビールばかり飲んでいた気もするけれど、それでよいのだ。大切なことは自然に身をゆだねること。寝起きの身体で海辺に向かい、澄んだ朝の空気をたっぷり吸い込んで、静かな波の音を聞く。お気に入りの食堂に通って、経営する家族の日常に触れる。朝食を食べに行く時間帯は、ちょうど子供たちが学校に行く準備で追われているのだ。

セブ島の中心部に滞在しているときも、お気に入りの食堂を見つけては通っていたけれど、フィリピンは外食文化なので、こういったカレンデリアと呼ばれるローカル食堂は、朝から晩まで営業している。近所の人たちやタクシーの運転手など、ここに集まる人々は経営する家族とともに、その時間を毎日過ごしているのだ。アジアではよく見られる光景だけど、現在のコロナ禍ではどうしているのだろう。

観光客が過ごすこの海辺のエリアは、町の中心に位置するモアルボアルのバスターミナルから、トライシクルで15分ほどの距離にある。メインとなるパナッグサマロードをひたすら進んでいくと、カナダ人やオーストラリア人など、世界各国のオーナーが経営する店が軒を連ねている。ダイビングのメッカでもあるので、移住者や長期滞在者が多く、ジューススタンドやクラフトビールなど、いまどきの店にも困らない。そういえば一度しか海に入っていないけれど、青いヒトデにもウミガメにも普通に会えた。

この喧騒から離れてタブリロードを北に進んでいくと、木々が生い茂る静かな村に入っていく。この辺りのビーチ沿いは、コテージタイプのリゾートが点在するエリア。観光スポットで有名なホワイトビーチもあるが、個人的には、ここにたどり着くまでの道中のほうが好き。バイクで30分くらいだろうか。寄り道していたので直線距離は定かではないが、アジアの南国ならではの気持ちいい通りなのだ。

Kawasan Falls in Cebu Island
Kawasan Falls in Cebu Island

観光スポットといえば、カワサン滝にもモアルボアルからバイクで行くことができる。こちらは市場やモールがある町の中心部から、サンタンデール・バリリ・トレドロードをひたすら南に1時間ほど進むと、左手に入り口が見えてくる。朝8時頃までに到着しておくと、あまり人がいない滝壺で自由に泳いで、周辺の緑豊かな自然の中でマイナスイオンをたっぷり浴びることができる。

レンタルバイクでちょっぴり遠出して滝やビーチを楽しむ日でも、午後の遅くならないうちにモアルボアルの町に戻ること。それが、ここに長期で滞在することの意味でもある。毎日同じスタンドでビールを買って、同じ海で夕日を眺める。同じ道を毎日行き来するからこそ、この田舎町の良さが見えてくる。何もしない、ただ何もしない。そこにある海から届けられる音と、そこにいる人々の声を聞いていれば、そこに穏やかな時間だけが流れていることに気づく。この田舎町はいい色をしている。今日ここに描きながら、あらためてそう思った。