長崎での取材を終えて九州に滞在していたある日、私はまだ高千穂を訪れていないことに気づいた。数か月前から古事記を楽しんでいた私は、日本人なのに高千穂に行っていないとはどういうことだ! と我に返り、レンタカーのサイトへと飛んだ。
今回、私が選んだドライブルートは「やまなみハイウェイ」。長者原や大観峰に立ち寄りながら、くじゅう連山の絶景とともに進むドライブは贅沢そのもの。阿蘇の美しい大地に暮らす牛と馬、どこまでも続く田園風景に心奪われながらアクセルを踏んでいく。
高千穂町に入り、最初に向かった先は国見ヶ丘。端まで歩いていくと大きなブランコがあり、私は一人揺られながらおにぎりを食べた。平日とはいえ誰もいない。九州統治の命を受けて立ち寄った神武天皇の孫・建磐龍命は、この壮大な景色をどんな気持ちで眺めたのだろう。
高千穂峡に着く頃には午後の光に変わり、柔らかな日差しが五ヶ瀬川に降り注いでいた。遊覧船に乗って渓谷美を楽しむ人々を眺めながら、小さな虹の下を高千穂三橋の方へ歩いていく。アーチ橋の一つ「神橋」を渡り、緑豊かな自然道の登り道を15分ほど歩き続けると、高千穂神社の裏手にでた。
マイナスイオンに浄化された身体で、ニニギノミコトを祀る社殿の前に立つ。拝殿で挨拶と参拝をすませ、鎮石にコロナの終息を祈願した。その後は、樹齢約800年もの秩父杉に見守られながら高千穂神社を後にし、最後の目的地「天安河原」へと向かった。
高千穂峡から天岩戸神社までは、車でおよそ20分。栃又の棚田を過ぎた先に鎮座する天岩戸神社は、日本神話の中でも有名な天岩戸伝説の舞台だ。荒ぶる神、スサノオノミコトの行動に怒ったアマテラスオオミカミが、天岩戸に隠れたことにより天地暗黒になってしまうのだが、その際、八百万の神々が集まって今後の対応を相談した場所が、ここ天安河原である。
天安河原は、天岩戸神社の西本宮から岩戸川の渓谷沿いを進み、太鼓橋を超えた先にある。参拝で訪れた人々によって積み上げられた小石が、この場所で会議した神々の残した痕跡のように思えて、ここで話し合われた作戦とその後の展開を思い出す。同時に踊り出したくなるような気持ちになり、私は少しだけスキップしながら来た道を戻った。