昨今、日本でもすっかり定着したSDGsというフレーズだが、オランダの非営利団体「グリーン・デスティネーションズ」が選ぶ、「世界の持続可能な観光地100選」なるものをご存知だろうか。グリーン・デスティネーションズは、世界持続可能観光協議会=GSTCが認証している機関の一つだが、ここで選ばれた観光地がブロンズ、シルバーと徐々に段階を踏んでいくと、国際認証の最高位であるGSTC認証を得られる仕組みになっている。
つまり、「世界の持続可能な観光地100選」に選ばれる=GSTC認証へのスタート地点に立つということ。基準となるチェックリスト100項目は、国連世界観光機関(UNWTO)の指示のもと開発されたもので、まずは100項目の中のコア項目とされる30項目から、15項目以上の取り組みを行いレポートを提出。高評価を得て100選に入賞すると、グリーン・デスティネーションズのメディア「GOOD TRAVEL GUIDE」に掲載される。
自然や文化遺産の保護・保全、 中長期的な指針となる観光ビジョンの策定など100項目をクリアし、2021年現在においてGSTC認証を得られている地域は、米国・コロラド州のヴェイルとブリッケンリッジ、オランダ南西部の島・スハウウェン=ドイフェラント、オーストラリア・クイーンズランド州のポートダグラスとデインツリーのみというハードルの高さ! 日本でも入賞というスタート地点に立つ観光地は徐々に増えており、2021年のトップ100には12地域も入ることができたが、まだまだオーバーツーリズムなどの課題が残る。
2021年の「世界の持続可能な観光地100選」に選ばれた日本の観光地
- 奄美大島
- 阿蘇市
- 釜石市
- 京都市
- 長良川流域
- 七尾市と中能登町
- 那須塩原市
- ニセコ町
- 佐渡市
- 小豆島町
- 豊岡市
- 与論島
今のところ、GSTC認証に向けて次のステップを踏んでいる日本の観光地は、2018年から4年連続で入賞している岩手県釜石市のみで、現段階でブロンズ賞を獲得。2018年には観光庁に「持続可能な観光推進本部」も設置され、日本版の持続可能な観光ガイドラインによる指標=JSTS-Dも発表。より多くの観光地がGSTC認証に近づけるよう、独自の取り組みも行われている。
今回、紹介する「白川郷」は、2020年の「世界の持続可能な観光地100選」に選ばれた観光地の一つ。富山県の五箇山とともに世界遺産に登録されているので、訪れたことがある人も多いことだろう。岐阜県白川村の他には、ニセコ町、釜石市、三浦半島、京都市、沖縄県の6地域がトップ100に選別されたが、なかでも京都や白川郷は、持続可能な観光地に選ばれるにあたり、オーバーツーリズムの解消に向けて努力してきた地域の代表でもある。
特に白川郷は、日本有数の豪雪地帯における住宅建築様式「合掌造り」に今も住民が暮らしていることが世界遺産に登録された理由の一つだが、その小さな村で暮らす住民に対して配慮できない観光客で溢れ返り、まるで無料のテーマパークに訪れるかのようにたくさんの団体客が大型バスで押し寄せ、オーバーツーリズムだけでなく、ゼロドルツーリズムの問題も深刻だった頃がある。
持続可能な社会を目指すために掲げられた17の開発目標(下記参照)の中に、⑧働きがいも経済成長も、⑫つくる責任・つかう責任、⑭海の豊かさを守ろうの3つの項目があるが、これらは持続可能な観光の分野についてもターゲットが明記されている。ただ、観光というのは本当に広い分野に影響を与えるので、それ以外の項目についても考えていく必要があるだろう。特に、⑪住み続けられるまちづくりをという目標は、観光地で暮らす地域住民にとって切実な問題だと私は思う。
持続可能な社会を目指すために掲げられた17の開発目標
①貧困をなくそう
②飢餓をゼロに
③すべての人に健康と福祉を
④質の高い教育をみんなに
⑤ジェンダー平等を実現しよう
⑥安全な水とトイレを世界中に
⑦エネルギーをみんなに、そしてクリーンに
⑧働きがいも経済成長も
⑨産業と技術革新の基盤をつくろう
⑩人や国の不平等をなくそう
⑪住み続けられるまちづくりを
⑫つくる責任、つかう責任
⑬気候変動に具体的な対策を
⑭海の豊かさを守ろう
⑮陸の豊かさも守ろう
⑯平和と公正をすべての人に
⑰パートナーシップで目標を達成しよう
観光地で暮らす人々というのは、その場所が世間に知られる以前から住んでいるパターンが多く、その土地が地元という住民もたくさんいるので、そう簡単に引っ越すことはできない。京都がよい例だが、その地元で地域住民に対して商売している人も数多くいる。新参者にとっては、観光客が増えることで商いが潤うという利点もあるかもしれないが、実際にはこれまでの暮らしを荒らされるパターンのほうが多いように感じる。また、現代社会においては、SNSにより突如人気観光スポットの出現という現象も起きてしまうので油断ならない。
ここ白川郷が、オーバーツーリズムやゼロドルツーリズムの問題を抱えることになったのは、世界遺産に登録されたことが大きな要因ではあるが、そもそも観光客が世界遺産という定義を知らなすぎるように思う。世界遺産に登録されるということがどんな大きな意味を持つのか考えることができれば、その場にゴミを落とす、タバコを吸う、足を踏み入れてはいけない場所で写真を撮るなどといった迷惑行為を慎むことができるはずなのだが⋯⋯。
そこで、問題解決のために白川郷が取り組んだことは、最も人気のある冬のライトアップイベントに訪れる場合に、団体・個人問わず完全予約制にしたこと。火災に弱い合掌造りを守るために、集落内を全面禁煙にしたこと。隠れてタバコを吸う喫煙者を減らすために、火を使わない加熱式タバコの専用ブースを設置したこと。紙巻きタバコ愛用者のために、集落外に喫煙スペースを設けたことなどが挙げられる。
こうした地域の取り組みや努力に対して、観光客だけでなく団体ツアーを企画する旅行会社も、人数を制限するなどの配慮が必要だと思う。団体行動を避けることはコロナ禍においても大切なことだが、日本は高齢化社会。団体ツアーを今すぐ辞めることは、旅行会社の利益を失うことにもつながる。それならば、数人のプライベートツアーを組んで大型バスを他社とシェアするなど、行動を分けてさまざまなスポットで少しずつ経済を回せるような仕組みを作れないものだろうか。
白川郷に住む人々は、相互扶助の「結の心」を大切にしている。彼ら住民同士の助け合い、そして萩町集落の「売らない、貸さない、壊さない」の三原則が、この村が美しくあり続けるための秘訣であることは間違いない。そしてそれは、回り回って私たち観光客に素晴らしい感動を与えてくれる。
白川郷は、国指定の重要文化財でもある「和田家」「長瀬家」「神田家」などの伝統的建造物、集落全体を見渡せる「城山天守閣展望台」、静かにその場を見守りながらも存在感ある「白川八幡神社」など見どころたくさん。少し離れたところには、「旧遠山家住宅」「大白川露天風呂」「白山国立公園」などもあり、四季折々の美しい風景を味わうことができる。詳しくは、白川郷観光協会の公式サイトが参考になるので、訪れる前にチェックしてみてはいかがだろうか。