加賀100万石の歴史をもつ石川県。その中心となる金沢の街は、単純に一言でいうならば派手だ。前田家から受け継がれてきたであろう美の感性があちらこちらに散りばめられ、ともに引き継がれてきた文化や伝統が、今もこの街には色濃く残っている。しかし、派手というのは一歩間違えると品位を落とすことにつながる。華やかな世界の裏では、同時に偽なるものも育ってしまう。それでも、前田家が築いてきた本物の華やかさを今も生かせられる場所というのはそうあるものではない。
そして、この街の最大の魅力ともいえるのが、歴史ある街のどこへでも歩いていけるコンパクトシティそのものだと私は思う。ホテルが集中する中心部までは金沢駅から少し距離があるものの、そこからは「兼六園」も「金沢城公園」も歩いてすぐ。朝起きたら、澄んだ空気を肌で感じながら散歩することができる。しかも、兼六園(こちらの記事を参照)は早朝であれば無料で入場可能なので、長期で滞在する私のような人間には、庭園という美しいフィルターを通して季節の移り変わりを感じられることが本当にありがたい。
金沢の台所でもある「近江町市場」はいつも活気があり、観光客だけでなく地元の人の姿もたくさん見かける。その場で食べられるスペースも用意されており、デパートのエムザもすぐ目の前。魚や野菜は新鮮な市場で手に入れて、ちょっとこだわりある日用品がほしいときは、エムザの地下にあるスーパーで買うことができる。近江町市場に入っている酒屋は種類も豊富で、地元の日本酒を手に入れることにも困らない。酒のあてを適当に購入して、部屋に戻って一杯やるのも最高だ。
街の景観がブロックごとに変化する金沢。観光スポットとして人気の高い「ひがし茶屋街」と「にし茶屋街」を比べてみても似て非なるもので、周辺の雰囲気もまったく異なるので面白い。前者は、浅野川を挟んだところに江戸時代の茶屋が現存する歴史的地区「主計町茶屋街」があり、後者は、妙立寺をはじめとする寺町に隣接している。古い街並みを楽しむのか、寺で心身を鍛えるのか。どちらにしても、それぞれに違った風情を感じることができる。
金沢といえば、美術館や博物館の存在も忘れてはならない。オープン当初から面白い企画を展示している「金沢21世紀美術館」は、好みはあれど、コンテンポラリーアートを楽しむことができる。近くの「鈴木大拙館(こちらの記事を参照)」では禅の思想に触れることができるし、入場しなくとも外から眺められる水鏡の庭では、ざわつく心を落ちつかせることができる。この周辺は緑に囲まれているので、ベンチに座ってただ考えごとをしたいときにも打ってつけである。
さらには、2020年に東京国立近代美術館の「工芸館」が金沢に移転したことで、「中村記念美術館」などと合わせて歴史ある文化財を鑑賞することもできる。私は過去20年東京に住んでいたので、この移転という話には少しばかりショックを受けたのだが、移転先の緑豊かな環境は以前の東京に負けずと素晴らしい。コンパクトシティならではの立地を生かして伝統工芸に強い金沢の魅力を発信し、普段は興味のない人にも気軽に観光ついでに足を運んでもらえるのなら、移転したこともある意味正解ではないかと思う。
工芸館の名誉館長に元サッカー日本代表の中田英寿氏が就任したことには賛否両論あるが、この人選は金沢に移転したからこそできたことだと個人的に思う。なぜなら天皇のお膝元である皇居外苑の一等地においては、やはり粋(すい)に一級でなければならない。だが、加賀藩の前田家という大きな歴史が背景にある金沢では、同じ一級でもそこに遊び心を加えることが可能であるように思うし、国立とはいえ、東京よりも粋(いき)な発想が通じるのではないだろうか。
また、金沢は海の幸を中心に美食の街でもあるので、食事処が充実していることは言うまでもない。この小さな街には、寿司屋一つとっても「小松弥助」を筆頭にひしめき合っている。気軽に食べられる金沢おでんも忘れてはならないし、茶の湯文化からなる和菓子の充実度も嬉しいかぎり。しかし、小松弥助は何が素晴らしいかって、そのサービスが素晴らしい。味ももちろん美味しいけれど、それよりも何よりもこのサービス! これぞまさに一流である。
そして、美食の街というのは食後の楽しみを演出してくれるバーも充実している。さらにバーが充実している街には、必ずといっていいほど美味しいコーヒーを淹れてくれる喫茶店も存在する。バーと喫茶店には共通点が多いからだ。ただ、バーや喫茶店には店主の趣味が色濃く反映されるので、どこでも気軽にというわけにはいかない。適度な距離感で、味はもちろん美味しくて、雰囲気もあって、そんな喫茶店をお探しなら、近江町市場の近くにある「東出珈琲店」はいかがだろう。場合によっては結構混雑しているので、時間や曜日を選ぶ必要はあるのだが、こだわりある美味しいコーヒーを気軽に楽しむことができる。
金沢には、個人的にとても好きな寿司屋とバーがあるのだが、寿司屋に関しては表立って紹介されていないので、今回は秘密とさせていただく。私は紹介制に近いバーの運営に長年たずさわっていたので、このような隠れ家的要素のある店側の気持ちというのがよくわかる。それに、優秀かつ個性ある小さなお店というのは必ず常客を大切にしているので、小松弥助のような誰もが知る有名店でない限り、公共の場で発表することはマナー違反なのである。
金沢はビスポークの分野においても強く、ここ石川県やお隣・福井県出身の職人さんが東京でも多く活躍しているが、やはりそこには、九谷焼や輪島塗、加賀友禅、金沢和傘などの数ある伝統工芸が、今もなお息づいていることが関係するのではないだろうか。新しい世代に、自然と職人の血が受け継がれていることは、この街を見ていると不思議ではない。さて、コンパクトシティ金沢の魅力を伝えるには一度では足りないようなのでまたの機会を設けるとして、ひとまず今回はここらで筆をおきたいと思う。