“軽蔑”と聞くと、ゴダールの映画を思い出すが、
個人的にはその対象に向けたゲームオーバーを示す言葉だと思っている

個人間の問題もあるので、
その人が絶対悪だとは言い切れないけれど、

軽蔑に至った時点で、
わたしにはもう善も悪も関係なく、カーンと終了の鐘が鳴る

そのギリギリ手前で相手に投げかける言葉は、
自分に向き合ってという最後のやさしさでもある

でももう、その関係性が修復されることはないだろう

話す必要があるとしても、それは表面上でしかない

“軽蔑”、それはゲームオーバーである