90歳を超える祖母に会いに行くと、
彼女はいつも決まって次の言葉を口にする
“目がほとんど見えなくて辛い”
“足腰が弱って歩くのも辛い”
そして時折、涙を流す
祖母はもう何年も前から、
先に逝った祖父に早く迎えにきてほしいと願っている
思うように体が動かなくて、一日のほとんどを寝て過ごす毎日は、
正直、わたしだったら耐えられない
早く逝きたいと願う祖母の気持ちが、痛いほどよくわかる
だからいつも、わたしは決まって考える
まずは日本も、尊厳死をあたりまえに受け入れられる世の中になること
そしていつかは、安楽死を選べる国になってほしいと
祖母の気持ちを聞いていると、本当に心からそう思う
自分自身の性格を考えたときにも、
一刻も早くそうなってほしいと切に願う
それも、治癒の見込みがない病人だけでなく、
もう自分の人生は十分だと考える後期高齢者にも、その選択肢を与えてくれてよいのではないだろうか
祖母がそれを希望しているかどうかはわからない
ただ、早く逝きたいと願う祖母にとっての一日一日が、どれほどしんどい時間なのだろうと想像すると、
いたたまれない気持ちと同時に、何十年か先の未来がこわくなる
多少の条件はあっていいから、選択肢がそこにあること
それが、生きる不安をなくす一つの材料にもなると思う