連載『マイ・コビッド・ナインティーン』は、欧州と日本での引っ越し生活を第二の人生のライフワークとする私が、これまでに体験してきたコロナ禍での暮らしと、その暮らしを中断せざるを得ない現状、そして復活させるまでの日々を綴るエッセイです。

※画像はバチカンではありません。

 2020年3月27日金曜日。私は夕方、いつものようにニュースを見ようとテレビの電源を入れた。するとそこには、いつもと違う映像が流れていた。私は一瞬、息をのんだ。この日は冷たい雨が降っていた。バチカンのサン・ピエトロ広場に設置された二脚の椅子を映し出したカメラは、そのまま大聖堂の正面左に掲げられたキリスト磔刑像の方へと視線を移動していく。サン・ピエトロ大聖堂の前には、いくつかの小さな火が焚かれていて、それはとても重く神聖で、これから始まる何かに注目せざるを得ない空気感をその場に漂わせていた。

 このキリストの磔刑像は、普段、ローマ市内にある聖マルチェロ教会に安置されている。1522年にローマでペストが流行したとき、感染拡大の鎮静を祈る宗教行列に使用されたことで、民衆をペストから救った奇跡の十字架といわれている。そして、大聖堂の正面右に掲げられた聖母子画「サルス・ポプリ・ロマーニ(ローマ人の救い)」もまた、593年にローマを襲ったペストの終息を祈るために、そして、1837年にはコレラの蔓延を防ぐために、当時のローマ教皇が宗教行列を先導するにあたって用いた歴史がある。この聖母子画は、ローマ市内のサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂に安置されており、教皇フランシスコが日頃から崇敬していることで知られている。

 教皇は、少し前にもこの2つの教会を訪れて、新型コロナウイルス感染症の収束と犠牲になった人々の冥福、残された親族や患者、今この時間をも社会に貢献する医療従事者に向けて祈りを捧げていたが、今日のこのバチカンからの生中継は、カトリック教徒でなくとも、イタリアをはじめパンデミックと戦う世界の人々の救いになったことだろう。私自身もカトリック教徒ではないが、この犠牲者だらけのイタリアに滞在していると、自然と祈りというものが必要になってくる。捧げたくなるというよりも、ただ側にあってほしいと願う。日々、そんな風に感じていた。

 サン・ピエトロ大聖堂へと続くスロープを、ゆっくりと静かに上っていく教皇フランシスコの姿が、画面の向こうに映し出される。通常であれば人で一杯のサン・ピエトロ広場は、ロックダウンにより立ち入り禁止。近所の住民と思われる人々が傘をさして、広場の入り口で事の成り行きを見守っている。最後の階段を上り終えた教皇は、椅子の前に立ち、息を切らしながら導入の祈りを捧げる。辺りは時間が経つにつれて暗闇に覆われ、空気が入れ替わるように、青い光がその場を包み込んでゆく。

 マルコ福音書にあるイエスが突風を静めるエピソードが朗誦されると、新型コロナウイルスによって置かれたこの厳しい環境を、嵐で舟が水浸しになって恐怖に襲われたときにイエスが弟子に呼びかけた「なぜ怖がるのか、まだ信じていないのか」という言葉に例え、連帯の精神と希望をもって、この状況に意味を見出していくよう呼びかけた。その後、教皇はキリストの磔刑像と聖母子画に深く祈りを捧げ、イエスの足に口づけをし、ウルビ・エト・オルビの祝福を送るのだが、聖歌とともに始まった聖体降福式の後ろには煙が立ちのぼり、青い光の中で雨の音だけが響いていて、広場の向こうに鳴り響く救急車のサイレンの音が、亡くなった人々の魂の叫びに聞こえてくる。

 私が暮らすナポリは昨日、春の嵐が吹き荒れていて、雨や風が通り過ぎると雲の隙間から晴れ間が広がり、でもまた次の嵐がやってくる。そんな一日だった。その時もやたらと救急車のサイレンだけが鳴り響き、いても立ってもいられない落ち着かない状況で、その物々しい雰囲気も一緒に運ばれてきたかのような、そんな空気がバチカンにも流れていた。ローマをはじめ、全世界へ向けて発信されるウルビ・エト・オルビの祝福は、通常、教皇が選出されたときと、イースター、クリスマスの年2回のみ行われる。今回の特別な祈りは、歴史上、現代の形式になってから初めてのことであり、それだけ今のイタリアと世界の状況が、苦難に見舞われているということであろう。

 パンデミックによって、現段階で外出制限を強いられている多くの国はキリスト教を信仰しており、折しも今はイースターの四旬節で、自らの行いを振り返る時期でもある。「利益に貪欲になり、全能感を抱いて進んできたこれまでの人生を考え直す時がきた」「不要なものに溢れた世の中から、必要なものが何かを考えるとき」。そう訴えるローマ教皇の説教は、自分自身に節制を設け神へと祈り、慈善の精神をもって過ごすこの期間にロックダウンが重なったこともあり、普段以上に胸を打つものがあったに違いない。私自身も数日後、改めてこの言葉の意味を調べ、生中継の映像から伝わった感覚と重ね合わせたとき、それは深く考えさせられるものがあった。

 そして、聖体降福式の終盤に、教会の鐘の音とともに大聖堂から出てきた教皇が、聖体顕示台を広場に向けて掲げたときのあの光景は、今後も忘れることはないだろう。儀式が進むにつれてより一層強くなる雨は、キリストの磔刑像にも降りかかり、その雨が血液とともに肌に流れて、それは血の涙のようで、何とも言えぬ、どう表現していいのかもわからない凄まじい光景がそこにはあって、言葉にすればするほど伝えることのできない、生きている場所とは別の時間軸にいるような、そんな重く美しい世界がそこにはあった。

 大きな鐘の音に救急車のサイレンが重なって、その音はとても悲痛で、雨に濡れた地面は光っていて、煙だけが空に向かって上っていく。私は鳥肌が立った。あまりにも犠牲者が多いイタリアの、そして世界の状況にイエスが心を痛めているような、とても悲しく、でもなぜか美しい時間が、無人のサン・ピエトロ広場に佇んでいた。パイプオルガンの奏でる音が、その場に集まってきたたくさんの魂を青い光で包み込み、天へと運んでいくような気がしてならなかった。私は自分が今、置かれている状況に感謝した。このような感覚を今、イタリアで感じることができていることに。そして、新型コロナウイルスで亡くなった多くの人々に、この場を借りて祈りを捧げたいと思った。