引っ越し生活をしていると
その土地との相性を、否が応でも感じることになる
大抵は引っ越してきたその日にわかる
その後、覆されることはあっても
それは新たな場面が見えてきただけの話で
相性の良し悪しとはちょっと違う
どちらかというと、直感がものをいう世界である
そう考えるとフィレンツェは、本当に相性がよかった
数々の虫問題には最後まで悩まされたが
あの家が快適ならば、どれだけ素晴らしい日々だったのだろう
そのくらい、すべてを穏やかに包み込んでくれる街だった
一度、後ろから舌打ちをされたことがあったのだが
そこはドゥオモがいきなり目前に現れる小道の一つで
皆が撮影をしていて
わたしも彼らをゆっくり避けながらドゥオモへと近づいた身なのだけど
あまりにも皆が止まるから、イライラしっぱなしだったのだろう
その矛先の一つにわたしが選ばれた
その舌打ちしてきた女性は日本人だった
きっと毎日急ぎ足で歩いているのだろう
旅先でも予定を詰め込みすぎて、時間がないのだろう
気持ちはわからなくもない
でもわたしは、舌打ちされようが何も思わなかった
むしろその女性に同情した
ひと月ほどこの街で暮らしてみて
イライラした人を見かけたのはその一度だけ
この土地に暮らしている人だけでなく
観光客も皆、穏やかだった
この暑さで余分にのんびり、というのもあるだろう
しかし、それだけではない
わたしがそう感じてきたように
この街の空気にきっと皆が、伝染していたのではないだろうか
本当に心を穏やかにしてくれる日々だった
精神が安定せず棘がある日でも
それによって、何かがうまくいかなくても
怒りが沸点に到達することが一度もなかった
外に出かければ毎度、何かによって蒸発し
どこかに飛んでいってしまうのである
わたしにとって怒りというのは
内面との戦いでもあって
そんな簡単に消え失せるものではない
だからそれほどに、自分でも不思議なのだ
今日起きた出来事によって、それはなお一層になった
この街は言葉では言い表せないほどに、わたしを包み込んでくれるのである