もしもこの世にタイムマシンがあるならば、私には遡ってみたい過去がある。それは、東洋と西洋をつなぐ交易路にロマン掻き立てられる時代。それは、中国が唐の時代だったころのシルクロード! そしてそれは、その東の終着点が正倉院といわれていたときの平城京。そう私は、その時代の奈良までタイムトリップしたいのだ!!

しかし、そこには素朴な疑問が湧き上がる。なぜなら、日本と大陸の間には海がある。そもそも船でしか渡ることができなかった時代にもかかわらず、なぜ日本がシルクロードの東端といわれていたのか。遣隋使や遣唐使が船で渡っていたから? それとも、弥生時代に来日していた渡来人から何かしらの噂を聞きつけていた? なににしろ、当時の大陸と日本を結ぶ航路はとても危険で、たくさんの人が命を落としていた時代。ともにシルクロードを歩いてきたキャラバンのお供、馬やラクダたちはその後どうしたのだろう。

Deer in Nara Park

そんな風にぽわんぽわんと想像の雲が浮かんでは消える私の脳は、いったいどんな仕組みをしているのだろう。だけども空想はやめられない。なぜなら空想が頭をかけ巡るからこそタイムトリップができるのだ。自由に空高く、鳥にだってなれるのだ! だから今回は、皇室に近い人物にでも自分を置くことにしよう。聖武天皇が愛用していた宝物を見るために。

とはいえ、ただ単に想像するだけでは味気ない。やはりここは現地に足を運ぶことが一番である。皇族の住居であり、当時の官公庁でもあった「平城宮跡」をはじめ、「東大寺」「唐招提寺」など、その時代を思い描くために必要な材料が奈良にはたくさん残されている。もちろん今ある建造物は再建されたものだが、十分に想像を掻き立てることができる。

唐の時代は、日本における飛鳥〜奈良〜平安初期にあたるが、なかでも奈良の最盛期にあたる天平時代にかけては、「興福寺」「元興寺」「薬師寺」など、飛鳥や藤原京にあった大寺院が遷都に伴って移転し、平城京を中心に貴族や仏教文化が華開いた時代。東大寺の大仏開眼供養が行われたのは元号が天平勝宝に変わってからだが、この法要には唐や新羅の人たちだけでなく、インドの僧やペルシャ人など多くの外国人も立ち会ったという。

この法要のために渡来した外国人は、唐に渡った遣唐使たちが声がけした人たちと思われるが、当時は誰もが留学できるような時代ではない。これは日本から派遣される使者だけでなく、唐に学びにくる他国の人々にも共通していえること。地位の高い人や学問僧、さまざまな技術・才能のある人に限られているため、当然、遣唐使船に乗って日本にやってくる外国人たちも、そのような人物が中心ということになる。

このような才ある人々との交流があるだけでも面白いのに、日本に渡来する人たちや帰朝する遣唐使たちは、さまざまな宝物も一緒に運んでくる。唐三彩、白磁、青磁などの陶磁器、白瑠璃碗などのガラス器、漆工や木工などの工芸品、絵画や書跡、織物、楽器などなど⋯⋯。シルクロードの東の終着点が奈良の正倉院といわれる所以はそこにある。つまりは、日本で西域からの輸入品が確認できる=シルクロードが日本までつながっていると思われていたということだ。

Shosoin in Nara

現在は国が管理する東大寺の正倉院は、聖武天皇の七七日忌に光明皇后が遺愛の品を大仏に奉献したことが始まりだが、実際に正倉院で保管されている宝物の数々は、その9割が日本製といわれている。西アジアが起源とされる文様を描いたり、特産品の石を素材に使用するなどしてはいるものの、輸入品のデザインを取り入れて日本で制作されたものがほとんど。しかし、当時の貴重な文化財であることに変わりはなく、なんとその数、宮内庁が整理しているものだけで9,000点にも及ぶという。

縄文後期から弥生時代にかけてやってきた渡来人と、元からいる縄文人によって現在における日本人の土台が出来上がり、古墳から平安時代にかけては多種多様な民族で溢れていた日本。弥生時代には原始キリスト教も入っていたといわれており、秦氏のように大陸から渡ってきた氏族が、日本の文化や政権の形成に一役買っていたことは言うまでもない。しかし、さまざまな国の人々と生活していた過去があるにもかかわらず、なぜか単一民族だからと移民政策に対して頭を抱える現在の日本。この対比は本当に面白いことだと私は思う。

また、唐においても世界最先端の文化都市だった長安を中心に、盛唐期には女性も馬に跨って移動し、積極的に社会活動を行なっていたという。女性の地位の高さは中国の歴史上で比較しても例外だったようで、政治や文化面においても男性と同じように個々で活躍していた。中国史上唯一の女帝・武則天が統治していた武周王朝の影響があるにしても(※武周は唐の復活により初唐期の一部に含まれる)、これは驚くべきことではないだろうか。

このように、現在から見てもワクワクできる奈良時代の日本と唐時代の中国。年に一度開かれている正倉院展では、9,000点ある美術工芸品の中から毎年60点ほどの宝物が選ばれて、奈良の国立博物館で披露される。コロナ禍が続いているため、今年も日時指定の前売りチケット制にはなるが、2021年は10月30日から11月15日まで開催予定。文中で紹介した6つの寺は、「春日大社」「春日山原始林」とともに古都奈良の文化財として世界遺産に登録されているので、これらと一緒に当時の情景を想像してみてはいかがだろうか。